和歌の浦の魅力をお伝えします

紀州東照宮

絢爛豪華な関西の日光

煩悩を表す108段の階段「侍坂」を登りつめると朱塗り極彩色の楼門が迎えてくれます。正面に位置する社殿は桃山時代の遺風をうけた江戸初期の代表的な建造物(重要文化財)です。左甚五郎の彫刻のなかでも珍しいといわれている「緋鯉・真鯉」や、狩野探幽作といわれる豪華な襖絵などを巫女さんの案内つき(有料)で拝観することができます。

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和歌浦天満宮

和歌浦湾を見守る学問の神様

学問の神様である菅原道真が祀られ、大宰府天満宮、北野天満宮とともに日本の三菅廟といわれています。建築にあたったのは紀州根来出身の平内吉政・政信親子。後に政信は江戸幕府の作事方大棟梁になった当代屈指の工匠です。楼門は一間楼門としては最大規模。本殿は国重要文化財で、内外部ともに美しい極彩色が施されています。

不老橋

江戸時代から続くアーチ型の石橋

徳川治宝が嘉永4年(1851)に建造したアーチ型の石橋で、紀州東照宮の祭礼である和歌祭の際に、徳川家や東照宮関係の人々が御旅所に向かうために通行した「お成り道」に架けられたものです。江戸時代のアーチ型石橋は九州地方以外では大変珍しく、雲を文様化した勾欄のレリーフが印象的です。

観海閣

日本観光地百選の景観

徳川頼宣が慶安年間(1648〜1652)に木造の水上楼閣として妹背山の海辺に建立したもので、ここから名草山にある紀三井寺を遥拝したと伝えられています。現在の建物は昭和36年に第二室戸台風で流出後、コンクリートで再建されたものです。特に朝・夕の眺めが美しく時間が止まっているような気さえします。

海禅院多宝塔

徳川頼宣の思い出の地

和歌川河口に浮かぶ小島の妹背山の中腹にあり、徳川頼宣は承応2年(1653)に頼宣の母、養珠院が亡くなると、母を弔うために多宝塔を改建しました。高さ13mの本瓦葺欅造りで、宝塔内には題目碑が安置され、背面には建立の由来が記されています。塔下の石室からは、「南無妙法蓮華経」と書かれた約15万個以上の経石が発見されました。

玉津島神社

歌人の信仰を集めた和歌の神様

古くから和歌の神様として多くの万葉人の信仰を集めてきた神社で、境内には山部赤人が神亀元年(724)聖武天皇行幸の際に玉津島を詠んだ万葉歌碑のほか、鳥居のそばに小野小町が着物の袖をかけたと伝わる小野小町袖掛塀があります。天然記念物の根上り松(鶴松)も見ることができます。

塩竈神社

祠に眠る安産の神様

主祭神の塩槌翁尊は、山幸彦と豊玉姫の縁を結び、安産によって子供を授けられたことから、地元では安産の守護神社と知られるように なりました。祠は海風により自然に形成された洞窟で、輿の窟とよばれる岩穴にお祀りされています。傍らに山部赤人の歌碑があります。

高津子山(章魚頭婆山)

和歌の浦を望む絶景の展望台

高さ136mの山頂に設置された展望台からは360度見渡せ、和歌の浦の美しい海や小島、行き交う船などの風景、海岸線の遠望は素晴らしく、ここから見える景色は和歌山県の朝日夕陽百選にも選ばれています。桜の季節にはソメイヨシノが咲き乱れ、花見スポットとして知られています。

番所庭園

潮の香り届く庭園

平坦で海に長く突き出た独特の地形をしている庭園は「番所の鼻」といわれています。黒船の見張り番所の跡で、文久3年(1863)に軍艦奉行並だった勝海舟もここを訪れています。万葉時代神亀元年(724)に藤原卿が「雑賀の浦」の漁火を見て詠まれたといわれている歌はあまりにも有名です。

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養翠園

紀州徳川家の名君が遺した名園

徳川治宝により造営された大名庭園。平成元年に国の名勝として指定されています。庭内には 、海水を取り入れた「汐入の池」や、数寄屋建ての御茶屋「養翠亭」、茶室「実際庵」、「左斜め登り御廊下」また、移築された徳川家の「湊御殿」などが見られます。

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万葉館・片男波公園

万葉の世界を体感できる場所

片男波公園は万葉集にも多くの風光美が詠まれている和歌公園内の片男波地区にあり、万葉館のほか、健康館、遊具広場、万葉の小路などがあります。館内には万葉集に関する資料や書籍が展示され、紀伊万葉シアターでは実写映像とイラストで万葉の世界を体感できます。

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紀三井寺

春を告げる西国第2番札所

楼門から続く231段の階段中腹には山中に湧き出る清浄水、楊柳水のほか、少し離れたところには吉祥水があり、これらは三井水と呼ばれ、寺の名前の由来となっています。境内には仏殿、鐘楼(重要文化財)、多宝塔(重要文化財)が並び、奥に総欅造り本殿があります。参拝は有料。

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芭蕉句碑

和歌浦を訪れた芭蕉の思いがここに

天保4年(1833)に建立された芭蕉の句碑は玉津島神社を出てすぐ、三断橋の真向かいにあります。芭蕉が貞享5年(1688)に和歌の浦を訪ねた折の作で、句碑には「行春を わかの浦にて 追付たり」と書かれているように読めます。

山部赤人歌碑

和歌の浦を代表する赤人の歌碑

塩竃神社のすぐ隣の小高い岩山の据には、山部赤人の有名な歌碑が建てられています。「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして鶴鳴き渡る」他にも多くの歌を詠んでいますが、その中でも和歌の浦を代表する有名な一首です。

片男波公園の万葉歌碑

潮騒を楽しみながら出会える歌碑

片男波の砂浜と平行して造られた、松の木が美しい片男波公園。潮騒を楽しみながら歩いていくと「万葉の小路」にたどり着きます。そこには、5基歌碑があり、森寛紹、山本真船、稗田一穂、木下美代子、神坂次郎の6首の万葉歌が詠まれています。

奠供山

いにしえロマンを感じる風景に出会う

奠供山は聖武天皇ゆかりの地。山頂から眺めた景色に心打たれた聖武天皇は、この自然を守るように命じたと伝えられています。眼下には不老橋、あしべ橋も見え、橋の向こうにひろがる和歌川の河口は干潮時には干潟となる風光明媚な風景が広がります。

根上り松

いまだ圧巻の存在感を放つ鶴松の巨株

砂丘で育った松の根元は、砂や雨風にさらされ地上に姿を見せます。これを根上り松といいます。高松地区に存在していた根上り松群のうち、最後まで残った株がこの鶴松です。天然記念物に指定されており、玉津島神社境内に移転保存されています。

紀三井寺の大観音

煌びやかな日本最大木造の立像仏

紀三井寺仏殿では、木造の立像仏としては日本最大となる総漆金箔大手十一面観音菩薩像。京都西区に工房を構える現代わが国随一の大仏師・松本明慶師作の大観音は、平成20年5月落慶法要が営まれ多くの人々を見守り続けています(参拝は有料)。

観光遊歩道路

波音と潮風に包まれ楽しむ海岸散策コース

和歌浦漁港から雑賀崎へと海岸沿いに続く遊歩道。風光明媚な和歌の浦の海岸線を眺めながら、のんびり散策できます。途中には蓬莱岩や、山部赤人の歌碑、夢の鐘といった見どころがあり、対岸には和歌山マリーナシティが望めます。

明光商店街

ノスタルジックな香りが漂う人情商店街

明治から続く和歌の浦の商店街。レトロな看板や建物、行き交う馴染みのお客さんと店主のやりとりなど、まるで昭和の時代にタイムトリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気が楽しめます。老舗の数々が今も変わらず営業を行い愛され続けています。

高津子山からの眺望

和歌の浦を遠く望む絶景の展望台

和歌山県の朝日夕陽百選にも選ばれた高津子山の景色。この展望台に登ると360度ぐるりと見渡せ、和歌の浦の美しい海や小島、行き交う船などの風景、海岸線の遠望は大変素晴らしく、時間の経つのを忘れて見入ってしまいそう。

湊御殿(養翠園内)

歴代藩主に愛され続けた御殿

現在の和歌山県湊御殿にあった紀州藩主の別邸「湊御殿」が、養翠園内に移築され、公開されています。11代藩主徳川斉順により天保5年(1834)に完成した奥御殿。当時の武家生活の空間を体験できる貴重な建物です(見学は有料)。

番所庭園の歌碑

海へと続く絶景の地を詠う歌碑

雑賀崎から西に鼻のように突き出た番所ノ鼻。紀州藩の見張り番所でもあった庭園は万葉時代から眺望の地として愛されており、藤原卿が詠んだ「紀の国の 狭日鹿の浦に 出で見れば 海女の燈火 波の間ゆ見ゆ」の有名な歌碑があります(入園は有料)。

潮騒の小道

高津子山展望台へと続く自然溢れるスポット

昭和55年に開設された潮騒の小径は、高津子山展望台へと続く道で時折見える青い海や青い空、その美しい景色に心癒されます。また、耳を澄ませば、小鳥のさえずりが聞こえ、運がよければリスなどの小動物にも出会えることでしょう。

紀州東照宮の左甚五郎の虎など

彩り鮮やかな彫刻を楽しむ社殿拝観

社殿にある左甚五郎作の彫刻や狩野探幽作の襖絵はみどころ。徳川家康は、寅年寅月寅日生まれ、正面には、左甚五郎作の2匹の虎がいます。巫女さんの話に耳を傾けていると、奥深い情景が浮かびそう(案内は有料)。

「和歌の浦」名勝指定記念 ウォーキングマップ

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